パンとサーカス

京都のゲストハウス『パンとサーカス』最後の日

京都にある、ちょっと変わったゲストハウス『パンとサーカス』を知ったのは、時々手伝っている渋谷のとあるスナック(チーママみたいな顔をして働いています)で、だった。神奈川県・小田原から来たという青年が、浮かない顔をして甘めのお酒をロックで飲んでいた。なんでも、『パンとサーカス』の仕事を辞めてきたと言う。「これから小田原で一旗揚げるんです」という威勢のよ過ぎるもの言いが、気になった。青年にレモンサワーを1杯ごちそうになりながら、話をした。話をしながら、彼のスマホの画面越しに見た『パンとサーカス』には大きなシャンデリアがあって、その下で人びとが団らんしている。きらびやかなのに、落ち着いている空間。ここで働くって、一体どういうことよ。
その後、青年は京都のゲストハウス『パンとサーカス』に「やっぱり、帰ります」と笑顔で店をあとにした。

2016年6月・9月取材
text & photo by Azusa Yamamoto
photo by pan and circus

山本 梓
山本 梓 (やまもと あずさ)

IBASHO編集長。編集や執筆、企画業やスナックのチーママを行ったり来たり。全国各地へ取材と称して遊びに行きたい“フーテン欲”あり。シロートだけど、不動産が好き。

― GW明けの渋谷のスナックにて

正直に書きます。実は、ものすごーく説教をした。チーママとして、いやもうそんなの関係なく。彼の顔に描いてあることと言っていることの差が、天と地ほどあったから。聞けば、ことし6月25日で京都で営業していた『パンとサーカス』がなくなってしまうそうだ。たくさんの人をつなげ、愛されて来た『パンとサーカス』のラストデイに、スタッフとして関わってきた人がいなくてどうする! こんなところで飲んでる場合じゃない! 今すぐ京都へ帰れー! くらい言った気がする(酔っていました、ゴメンナサイ)。
そして、ほんとうに帰ると言い出したものだから、さすがにわたしも責任を感じて、というよりも、「なんか面白そう」という好奇心が勝って『パンとサーカス』最後の日に、わたしは京都に向かった。

― 6月25日、最後の日

京都駅から歩いて約15分。河原町通五条に『パンとサーカス』はあった。にぎやかな外観なのに、その場に馴染んだたたずまいが、多くの人を受け入れて来たことを感じさせた。
もともとここは、ニューヨークでアンティーク家具のバイヤーをしながら、『ムーンパレス』というゲストハウスを営んでいた榎本大輔さんと、京都から旅行客として『ムーンパレス』に宿泊をしていた、老舗呉服店を経営する山田晋也さんが出会い、この“クセの強い人たちが集まる場”を京都にもつくろう! と2011年10月に始まった。築100年以上の元・質屋だった町家を、仲間たちとともにリノベーションをし、『パンとサーカス』が誕生した。
それからここは、世界中からやってくる客人の宿り木になった。町家らしい風情が残る2階の和室には、二段ベッドや布団が並ぶドミトリーが。京都に住む人たちからも親しまれたという1階には、オーナーが海外から買い付けたハイセンスな家具が並ぶ、摩訶不思議なバー空間が広がる。
18時、クロージングパーティが開かれている『パンとサーカス』に足を踏み入れると、既に大勢の人たちがいて、思い思いに場を楽しんでいた。渋谷のスナックで説教した青年・鈴木篤さんもエントランスで真っ先に客人をもてなしていた。したり顔でおうっと声をかけると、はにかんだ笑顔で応えてくれた。その顔を見られただけで、満足。
それにしても、初めて来たとは思えない、この居心地のよさはなんだろう。2階に上がって、その理由を見つけたような気がした。

― としくんの魔法

その人は、たくさんの人たちが入り交じる2階で落ち着きはらってコーヒーを淹れていた。『パンとサーカス』のスタッフ・竹内俊さん。ここに来る人には「トシ」とか「としくん」と呼ばれている。なんだか、彼の周りだけ時間がゆったり流れているような気がする。「雑多」とか「忙殺」という言葉が似合わない雰囲気をもっている人なのだ。クロージングパーティでも、平静を失うことなく、お酒を作ったりコーヒーをドリップで淹れたりしながら、お客さんと楽しくおしゃべり、なんていうことをしていた。
結局わたしは、彼と2階の居心地のよさに心を許し、盛大に酔っぱらい、『パンとサーカス』の最後の夜はふけていった(楽しい、しか覚えていない状態になったため、この日のことはこのあたりで……)。
あの最後の日から3か月。ふと、あのとしくんはどうしているだろう? と思った。思い立ったから、電話をしてみた。

― 『パンとサーカス』の未来

としくん、どうしてる? ということと、何を思って最後の夜、あの場に立っていたのかが気になってと言うと、あの夜のまんまの朗らかな声で応えてくれた。
「最後の日は、いつものイベント通りって感じでした。最後だからって意気込んだり、さびしいっていう感情的なものはなかった。ずっと2階にいてコーヒー淹れてたっていうのもあるのかな。1階はすごい人でバタバタしてたみたいですけど、忙しさをあまり感じずにいられたからかな」
なんともふにゃーっと気のゆるんでしまう返事が帰ってきたので、ずばり、その力のぬける感じはどこから来るの? と聞いてみた。
「『パンとサーカス』を、実家っぽいって言うお客さんが多いですね。でもその分、家具の配置や照明の暗さなどが計算されて場がつくられています。楽しい場と悲しい場が一緒になって馴染むようにって、オーナーは言っていましたね。スタッフについても、おんなじことが言えると思う。それぞれに異なる魅力があって、相手の気持ちを汲めるし、ふんわりと気持ちに余裕のある人ばかりですから。それが力の抜けた感じなのかなぁ」

ざっくりとした雑な質問に、まっすぐに応えてくれた。
じゃあ、としくんにとって、働くって何ですか?
「働くも、暮らすも、ボーダーがないです。『パンとサーカス』での仕事は、友人を自宅に招き入れるような感覚。お金はもらったほうがいいと思うけど、生きていることが仕事であって、遊びである。どっちも僕にとっては一緒です」
「これから、ですか? 『パンとサーカス』では面白い人たちがいっぱい来たので、そういう人たちをつなぐためにパスを出せる人でいたいです。『パンとサーカス』はなくなりましたけど、引き続きスタッフとして活動していて、これから京都や大阪でゲストハウスやホテルを建てる計画が5つくらいあるんです。それを3年以内に全部やろう! って言っているので、今はそこに注力しています。それが終わったら、独立かなあ」
実は、としくん。閉店のタイミングで、『パンとサーカス』を抜けようと思っていたそうだ。
「オーナーの山田さんと、サシで飲む機会があって。そのときに、自分が必要とされてるって感じたんです。そのときに、僕って“人間くさく”なったなあーって。いままでは、けっこう計算で動いたりしたこともあったけど、恩返し的なことで自分が動くなんて、『パンとサーカス』に来たばかりの僕からしたら考えられないです。たくましくなったなぁって(笑)」

パンとサーカスとは、古代ローマの時代に権力者から無償で与えられる「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」によって、ローマ市民が政治的盲目に置かれていることを風刺した言葉だそうだ。つまり、パンとサーカスがあれば、人びとは楽しい! 嬉しい! けれども、そのうえで、人びとに「安心」も与えなくてはいけない。その安心感こそ、『パンとサーカス』の神髄なのかもしれないと思った。

これからの『パンとサーカス』に乞うご期待!

360°VR

『パンとサーカス』最後の日が、VR動画で見ることができます!
あの特別な空間を感じるために、思い出すために、ぜひご覧になってください。

※一部機種・ブラウザでは正常に表示できない場合があります。

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パンとサーカス【閉店】

http://panandcircus.com

利用従業員数 4名
利用坪数 約30坪